川島 博之

(農学生命科学研究科 農学国際専攻)

「21世紀における世界の食料生産:食糧危機をあおってはいけない」


予習文献

  1.  川島博之 『食糧危機をあおってはいけない』 文芸春秋社 2009年

 

講義後情報コーナー         履修者のレスポンス抜粋

世界全体で見て食糧が足りていることと世界中の人々に食糧が行き渡っていることとは別の問題であり、食糧危機はやはり重要な問題なのではとも思いましたが、とはいえ川島先生のお話を伺う中で途上国の農業に対する考えが深まりました。先進国は農作物が途上国の重要な外貨収入源であることに配慮する必要があり、同時に、「先進国が工業やサービス業、途上国が農業」という構造を固定しないようにする必要があります。一方途上国側も、どのような農業支援が必要なのか自分たちで考えていかないといけないと思います。例えばベトナムがドイモイ政策でコーヒー栽培により生活水準の向上に成功したように、各国が付加価値の高い作物の生産および加工を政策として掲げる必要があります。途上国が打ち出した政策に対して、先進国が生産技術の提供や作物の輸入を通じて支援する。こう行った双方の行動によって初めて途上国の農村は豊かになるのだと考えました。

(法

 

全体的に啓発的でかつ実証的な資料や推論に支えられた主張は大変興味深いものだったが、細かい点で若干疑問に思ったこともあった。まず日本国内の食糧信仰とでもいうべき言説の存在について専ら国際平面での貿易収支や食糧収支に基づく指摘がなされたが、「農家の保護と既得権」という日本において避けては通れぬはずの命題への指摘が薄く、教授の主張には結論においては共感するがその論拠に若干の不安・不満を感じた。また、グループディスカッションの議題となった農村経済発展の策については、農業規模を縮小するべきというのは最早所与の課題となりつつあることを踏まえると、真に議論されるべきなのは「産業構造転換の方法・余剰農民の受け皿をどうするか」になるあろうが、そこについて具体的な方策が十分議論されなかったのは残念だった

(法

 

とても印象的な講義だった。食糧問題で言えば、最近、「飢饉」という言葉をあまり聞かなくなったように感じる。今までの歴史教育により、「食糧問題=天候不順からくる飢饉」という図式が頭の中にあったが、品種改良などの技術発展により、現代では天候にあまり左右されることなく農作できるようになっているのだなと感じた。むしろいまの食糧問題は、経済格差の問題、流通の問題にあると思う。お金があるところに食糧が流れていくのは当たり前のことだと思うが、日本国内で食糧が飽和し、廃棄食糧がたくさんある中で、アフリカでは食事を満足に取れない人々が多くいるというのはおかしい話である。食糧の総量が今後心配ないとしても、食糧がうまく分配される機構がなくては食糧問題は解決したとは言えないと思う。

(工

 

メディアが従来の報道、すなわち世論、を変えたくないためその怠慢で食糧問題が報道され続けたという視点が大変面白かったです。地球の人口がこれからも爆発的に増えて続けいずか食糧が不足してしまう恐れがある言説はもはや破綻しているのに、世間一般にこの認識が広まっていないことは危惧しなければなりません。また国連の世界人口を推測するディヴィジョンは組織を守るために人口増加の恐怖を利用しなければならないのも興味深かったです。広告は物を売るためにあるように、世の中に出回る様々な情報は誰が何の目的のために流しているのか、惑わされないようにきちんと源流をたどるリテラシーが必要だと痛感しました。

(文