第7回 濱田純一(東京大学総長)

「リスクと自由―「表現」することの効用と限界」

 

 

学生へのメッセージ

今回の大震災以降、「リスク」という言葉が、ある時は直接的な、ある時は漠たる重圧となって、人々にのしかかっているように感じられる。私たちが自由であることは、そうした重圧を解消できる力となるのだろうか?ここでは、「表現の自由」の意味と役割を具体的な場面で問い直しながら、この問いを考えてみたい。

 


講義後情報コーナー

●履修者のレスポンス抜粋

 

◇文学部・社会学3年

非常時における研究者の役割は今後問題になっていくのではないか。研究者が媒介になりつつ、積極的に発信していく必要があるとともに、その発信に人々がアクセスできるチャンネルをいかに作っていくか大きな課題となると思う 

  

◇教育学部4年

表現の自由は平等でないという現状への想像力が欠けているのではないかと思いました。個人の力ではどうしようもない弱い立場にいる人々をいかに対話に巻き込むかという時に、リソースがより多い人間が支援・エンパワーし、場を作らなければならないと思います。

 

◇文学部・倫理学

情報が改ざんされて伝えられることには責任が問われるのに対し、伝えるべき情報が本当に伝えるべき時期に伝えられずに遅れた、という誤りに対して責任が問われることが少ない、というのが問題であると思う。

 

◇文学部仏文4

インターネットがある今、情報を押さえつけることは不可能であると私は考える。強制的な方法を取るのは、その結果国内外からの信頼を失うという代償を十分に吟味して慎重に行うべきだ。

 

◇ゲスト聴講者

 情報の発し手・受け手双方の理性をどう測ってリスクと自由のバランス点を見つけるか、重要な問題を示していただいたと思います。市民と理性と民主主義こそは近代社会を支える三点セットだと思いますが、その一方で現在、特にネット世界に期待する人々は、理性に基づくのではない、むしろ無秩序な言葉の海からの消費的な選択が、理性に代わる新たな基準になり「世論」をつくりうる…という期待をかけてみるように見えます。この点をどうお考えか、うかがいたいです。

 


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